「いとおかし」の意味
日本で教育を受けた人なら、『いとおかし』と聞いて大体の意味が分かる人は多いのではないでしょうか?『いとあわれ』と共に、日本の古典作品でよく用いられた表現で、自然の風景や人、物事などに対する称賛や感動を表します。
平安時代に使われていた古語
『いとおかし(いとをかし)』は平安時代に使われていた古語の一つです。平安時代における『日本人の美の概念』を表すともいわれ、清少納言の枕草子には、随所にいとおかしが使われています。
元は『おかしい』『滑稽』という意味でしたが、平安時代になると『優美なさま』や『風情のあるもの』に対しても『おかし』が使われるようになりました。
平安貴族は明るく優雅な暮らしの中で、自然や物に対するきめ細やかな美的感覚を培っていったものと考えられます。
「いと」の意味
いとおかしは、『いと』と『おかし』の二つの語から成り立つ言葉です。
『いと』には、『大変』『非常に』といった意味があり、物事の程度がはなはだしいさまを表します。後に続く形容詞を強調する副詞で、いとおかしでは『おかし』が強調されています。
▼例文
・かきつばたいとおもしろく咲きたり(伊勢物語)
・ 死にけりと聞きて、いといみじかりけり(大和物語)
「いとおもしろく咲きたり」では、『おもしろく』が強調され、「大変きれいに咲いていた」という訳になります。「いといみじかりけり」では、悲しい・情けないという意味の『いみじ』が強調されています。
「おかし」の意味
おかしの意味は一つだけではありません。自然の景色や四季の移ろいなどに対しては、『趣がある』『風情がある』『興味深い』『見事だ』の意味で使われるのが通常です。
枕草子の「雁などの列ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし」は、「雁などが列を連ねているのが、とても小さく見えるのは大変趣がある」という現代語訳になるでしょう。
また、子ども・女性・動物・人形などに対してもおかしが使われることがあります。この場合の意味は『美しい』『可愛らしい』です。
おかしの語源を『馬鹿げている』『愚かなこと』を意味する『をこ(烏滸・尾籠)』とする一説もありますが、はっきりとしたことは分かっていません。
「いとおかし」の使い方
いとおかしは平安時代の美的理念の一つで、明るい知的な感動を表す言葉だといわれています。貴族文化の中で、いとおかしはどのように使われてきたのでしょうか?
本来は「いとをかし」
『いとおかし』と『いとをかし』の2通りの書き方があります。前者は『現代仮名遣い』、後者は『歴史的仮名遣い』と呼ばれます。どちらも間違いではありません。
古文で使われる歴史的仮名遣いは一定のルールに基づいて、現代仮名遣いに置き換えられます。以下は置き換えの一例です。
・言ふ→言う
・あはれ→あわれ
・思ひ出→思い出
・をとこ→おとこ
・ゐなか→いなか
いとおかしの漢字表記はありません。平安時代のいくつかの文献を見ても、平仮名が使われているようです。
「いとおかし」を使うシーン
いとおかしは、美に対する感嘆・感動・称賛を表すシーンで使われます。元の意味に『滑稽』『おもしろい』という意味が含まれているため、明朗で感覚的な印象があります。
現代で言う『おかしい』『きれい』『見事』『面白い』『かわいい』と感じる場面で使われると考えましょう。
いとおかしと対比されるのが『いとあわれ』です。同じく、感動や感嘆を表す表現ですが、『あわれ』の方が情緒的で心に響く感じがあります。
『しみじみ心を打たれる』『恋しい』『物悲しい』というニュアンスが含まれているときは、おかしよりもあわれが適しています。
「いとおかし」を現代語訳で言い換えるなら?
いとおかしにはさまざまな意味がありますが、枕草子などでは主に『大きな感動』を表すときに使われています。
現代語で言い換えるならどんな表現がしっくりくるのでしょうか?代表的な古文と現代語訳を紹介します。
「とても趣がある」
清少納言の枕草子は『おかしの文学』とも言われるほど、「いとおかし」のフレーズが随所に出てきます。とりわけ、四季折々の自然や空模様に対して用いるときは、『とても趣がある』と訳されるケースがほとんどです。
現代語でいう『趣(おもむき)』とは、しみじみとした味わいや独特の風情を指します。
▼例文
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くもをかし。
「ほのかにうち光て行くもをかし」は、「(蛍が一匹、二匹と)ほのかに光って飛んでいくのもとても風情がある」という意味です。
「素晴らしい」
現代語の『素晴らしい』には、『物事の程度が群を抜いて優れている』『程度が甚だしい』という意味があります。
いとおかしは、相手や場面によっては「素晴らしい」「見事である」「すてきだ」という気持ちを表す表現になります。古文での使われ方をみてみましょう。
▼例文
・笛をいとをかしく吹き澄まして、過ぎぬなり(更級日記)
・容貌(かたち)いとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌もあはれに詠みて、恨みおこせなどするを…(枕草子)
例えば、「笛をいとをかしく吹き澄ます」は、「笛を澄んだ音色でとても見事に吹く」という現代訳になります。
「容貌いとよく、心もをかしき人」は、「顔かたちが大変美しく、気立ても立派な人」という意味です。
まとめ
平安時代に書かれた清少納言の枕草子では、いとおかし(いとをかし)という言葉が多く使われており、平安貴族の感性がどのようなものだったかが垣間見られます。
現代人が興奮気味に「すごい」「やばい」を口にするのと同じように、平安時代の人々も心が動かされる場面では「いとおかし」と表現していたのでしょう。